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2012年1月20日 (金)

神様は考えるのだろうか

 「神様は考えると思うか。」
 高校の頃、夢のなかで木霊した言葉です。我々が1+1を考えることなく反射的に2と答えるように、全ての真理を把握している全知全能の存在が神だとしたら、その存在に思考とか苦悩の介在することがあるのでしょうか。
 人間にとって考えるということは特権的なことなのでしょうか。もしかしたら人間というのは何もわからないから考えざるを得ないのではないか。悩まざるを得ないのではないか。この言葉を聴いてから、私にはそう思えてなりません。
 動物たちは悩むのでしょうか。例えばカマキリのメスが交尾の後にオスを食べてしまったとしても、それは動物の世界では残酷なことにはなりません。動物には自然界の摂理という定まった真理があるからです。ひとつの真理を確定した存在にとって、思考とか苦悩はやはり必要がないのかもしれません。
 人間は神と動物のはざまで、全知全能にもなれず真理を確定することもできず、悩み考え続けているだけなのかもしれません。そして、人間という混沌は人間にはもっとも耐え難いものです。それでも人間として存在しようとする。最も苦しい生き方なのかもしれませんが。

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