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2016年9月11日 (日)

今年のパラリンピックに思う

 パラリンピックが行われていますね。相模原での事件の後でもあり、様々な思いで見ている方も少なくないかもしれません。
 ところで一般の市民ではどのくらいの方が実際に障害者とスキンシップを持ったり接したりしたことがあるのでしょうか。医師として働いていれば自然と障害者と接するものですが、自分の医師としての経験としてやはり障害者のための病院に勤務した経験は非常に重要な要素になっています。身体の欠損から麻痺から脳障害から焼身後の方などなど。救急病院を退院しリハビリをし、専用の装具や車椅子を作成し、自宅を改造して自宅退院するまでを様々な職種の方に教わりながら研修したことは今でも大変貴重な経験になっています。
 そもそも障害者という言葉からして良くないのではないかと思う事があります。害という漢字が入っているのは変えた方がよいのではないかとも思います。手足の一部が欠損していても、麻痺があったとしても、普通に接しているとその人の個性とも思うようになります。精神的に何かあったとしても、最も問題なのは健常者と言われている人間の一部に存在する極端な思想に暴走する精神なのではないかと思います。
 これまで、政策として世の何事も縦割りにしてきたことをそろそろ考え直すことはできないのかとも思います。障害があると特別な学校へ通学し、そのまま作業所に行ったりして健常者とは触れ合わないままずっと過ごしていくことも少なくないように思います。
 子供の時、祖母の家は東京の下町の長屋のような所だったのですが、近所の知的障害のある女性が時々祖母の家で過ごしていました。祖母曰く、「放っておけないのよ」と。ごく普通に近所付き合いの中でみんなで見守り、援助をしていました。
 健常者も障害者も子供も高齢者も共に過ごすことが普通になっていくことが理想的なのかもしれません。富山型デイサービスというのがそれに近いのかもしれないなと思い注目しています。本当は医療機関や介護施設こそが障害者の就職先にならないといけないなとも思います。これからどのように関わっていけるのか。
 パラリンピックを見ながら色々なことを考えています。

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