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2019年11月 7日 (木)

負け戦

 先の大戦の時、南方の島に送られた小隊の隊長はいったいどんな心持ちだったのでしょうか。現場を目の当たりにすれば、到底勝ちようがない戦であることは分かったでしょうに。大本営の作戦がうまくないのに、そのまま玉砕の道を選ばざるを得ない心境だったでしょうか。それとも自分や部下がなんとか生き延びることを優先しようと考えたのでしょうか。

 現在の医療を現場で見ていると、何か小隊の隊長の様な気分になってきます。現在のやり方では到底うまくいかないでしょう。それは恐らく国の中枢もメディアも頭では分かっているはずだと思います。その中で、理性と倫理観を持って負け戦を最後まで戦い抜けという命令は絶対なのでしょうか。

 今抱える簡単な疑問として、そもそもどうなのか聞いてみたいことがいくつかあります。ひとつは、なるたけ儲けようと頑張る人と、なるべく儲けないように頑張る人とだと、いったいどちらが儲かるのでしょう。医療介護機器の展覧会に行ってきました。もう儲けたい熱気ムンムンで、逆に冷めていく自分がいました。国やメディアは、医療機関にはなるべく儲けないように働きかける一方医療介護関連産業にはなるべく儲けるように働きかけています。多くの医療機関が経営難に陥り、大学病院などでは医師が無給で働き、多くの医師が一般の職業の方が過労死する2倍の時間働けという規則の中で働く一方、同じ診療報酬から収益を得ているある種の企業は増収増益を重ねている。我々医師はこの国で医師として仕事をしてゆくべきなのか。資本主義社会の中で、なるべく収益をあげないように頑張れということがどういう意味を持つのか。

 社会保障というのはランチバイキングなのか一杯のかけそばなのか。多くの方が、自分には公的サービスをなるべく多く提供してほしいと思っているような気がします。自分は極力自制、自律するから本当に困った人の方にできるだけ公的支援を回してくれと思っている方がどれくらいいるのでしょうか。サービスを提供する側として、なるべく多くのサービスを提供するべきなのでしょうか。最小限のサービスに絞るべきなのでしょうか。

 なぜ現在の方策が延々と続いているのでしょうか。国の中枢で恐ろしく頭の切れない方々が既存の社会保障を存続させようと奮闘しているのか、非常に頭が切れる方々がいったん破綻させてリセットしようと画策しているのか。日本の底力を信じるなら後者でしょうか。結局どちらにしても負け戦。潔く散っていくのが美学なのかもしれません。

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