基本理念としてのかかりつけ医
昨年からさまざまな動きの中でモヤモヤとしたものが頭の中にあり、ブログを記載することができずにいました。それらに少し整理がついたので書いてみたいと思います。
現在の日本で一番の問題は基本理念がないということなのではないかと思います。いったいどういう国にしたいのか、どういう社会を目指すのか、どういう医療とするのか。確固とした基本理念が定まらないので目指すべき方向が分からず舵の切りようもない状態となっています。
長期政権に就いている与党も様々な理念の人がいてどういう主義なのか今ひとつ分かりません。その多様性が良いと言いますが、結局寄らば大樹の陰で一つの党に在籍しているだけで、基本理念がしっかりしている人には居ることが耐えられない政党になっているのに気づかないのは悲しいことだと思います。韓主主義団体に賛同する人達が民主主義を名乗り君主主義を目指しながら米主主義政治をしているのでしょうから生粋の日本人にはついて行けないのではないでしょうか。
政府や厚生省、医師会やメディアもかかりつけ化を推進すると言いますが、「かかりつけ医」という言葉には何の意味もありません。例えば大学病院の教授であっても、通院し続けていれば「かかりつけ医」です。現在の日本では複数の「かかりつけの専門医」へ通院することが一般的となっています。それを承知で政府やメディア、医師会も敢えてかかりつけ医という言葉を使っているものと思います。現在の日本でかかりつけ医という言葉を使っている人は、無意識に使っているか、政府の本当の長期方針を把握して敢えて使っているのでしょう。
日本はイギリスのような家庭医制を目指しているのでしょうか。個人的にはそれでもよいと思いますが、一長一短で必ずしも最適解ではありません。家庭医制は専門医中心の医療からの180°転換でありそのままの意味ではほとんどの専門医が反対し大多数の一般市民も希望しないでしょう。家庭医制になったら、今のように自分の受診したい医療機関や専門医を自由に受診することは出来ません。家庭医制は基幹病院の専門医中心の医療から、地域の医療機関の総合的に診療する家庭医中心の医療へ転換するということなのでまずゲートキーパーとして家庭医を受診し、大抵のことはその医師に従うしかなくなります。今の日本のように専門医を併行して受診し続けるということはできなくなります。本当に家庭医制へと進めるのであれば、まず専門医への軽症例や生活習慣病等の慢性疾患、安定期の通院は禁止しないとなりません。専門医へのフリーアクセスを禁止せずに家庭医へと変換することはできないでしょう。
長期処方、オンライン診療、リエゾンサービス、人間ドックなどの予防医療、保険診療外の自費診療など現在政府が進めている医療政策により、総合病院の専門医が地域の診療所へ逆紹介するモチベーションはどんどん下がっているように思います。ほとんどなくなっていると言っても過言ではないかもしれません。専門医が診察する必要がなくなったとしても、病院の総合診療医へ通院するということが増えています。リフィル処方箋の推進は要するにゲートキーパーを素通りしてよいことにするという政策です。マイナンバーカードで処方内容や健診結果を見られるようにするということは、基幹病院で人間ドックを受け長期処方した内容を診療所でも見られるようにするということで、定期的な検査や処方は基幹病院で行う方向で進んでいくことになりそうです。
最近は専門領域に特化した診療をする医療機関も増えてきて、整形外科のみでも脊椎、膝関節などそれぞれ別の専門医へ通院している方も少なくありません。保険診療の所と自由診療の所とを併行して受診されている方もいて、専門医の分業制は進むばかりです。すでに専門の医療機関に受診されている方が診療所を受診した場合、どこまで介入すべきなのか。悩ましいことも少なくありません。自由診療を受けている方では紹介や逆紹介もないので多重に治療を受けていたとしても全く把握できません。
在宅診療も在宅専門医が主に担うようになっています。診療所からすぐに往診できる介護施設であっても、地域の診療所から在宅診療を行うことはできないのが一般的です。遠方の在宅診療所との提携が結ばれていて普段かかりつけるのは遠方の在宅診療所で、やはり怪我をしたり体調が悪くなると近隣の医療機関に受診するという風に役割分担ができあがっています。また基幹病院自体が在宅診療部門を立ち上げて、遠方でも病院からの在宅診療を行うようになっています。今後医師の働き方改革が基幹病院で進んでいけばますます病院での診療のみではなく在宅診療も行えるようになっていくことでしょう。
最近は往診のみ行う医療ビジネスも政府が推進しています。一般の医療機関の知らないところで、夜間や休日に往診を受けている方も少なくないことでしょう。
診療所に何十年と通院している方でも、市の認知症早期対応事業ではご本人やご家族が地域支援センターに相談に行くと、その診療所ではなく専門病院へ直接相談することを促されます。その後は専門病院と支援センター間で連携が行われ、地域の診療所は関わらなくなっていきます。介護保険を申請すると、診療所でリハビリを行っていても介護リハビリ施設へ通うこととなりそのまま介護施設へと永続的に通うようになっています。
家庭医のように、様々な疾患に対応しようとすると1回に行う検査項目や処方する薬の種類はどうしても多くなります。高血圧、高脂血症、糖尿病、便秘や花粉症、認知症や骨粗鬆症、時には関節リウマチなども一緒に診察するとコレステロール、血糖、カルシウム濃度、炎症反応などを同時に採血しないといけません。また、それぞれの薬を処方すると、絞ったとしても種類は多くなります。診療報酬上、多項目検査や多種類処方をすると減点されるようになっています。つまり、家庭医がまとめて診察をすることを国としては止めさせたいという意思表示です。
実際に行われている全ての施策が基本的に地域の家庭医的なプライマリケア医から引き離す方向のものばかりになっています。家庭医によるゲートキーパー化という理念がある人が政府や官僚やメディアに一人でも居れば、こういう方向には進んでいないことでしょう。要するに、短期的には家庭医の方向へ進めようという意思は国の上の方には全くないということです。家庭医などとは言わず敢えてかかりつけ医という言葉を使って報道し施策を遂行しているのには、ずっと先に全く別のゴールを設定している事情があるのだろうと思います。
もっとも、医学の進歩とともに専門医による診断や治療は非常に高度になっており全ての科の少なくとも標準的な診断や治療を一人の家庭医が行えるのかということは疑問です。整形外科でも脊椎から全ての関節、炎症性疾患や骨粗鬆症まで全てを確実に診断治療できるのかと言われると難しいものです。家庭医がどこまでカバーするのか、どのように専門医と役割分担するのかということは難しい問題です。
さて、診療所の医師としてこれからどの方向へ進んでいくべきなのでしょうか。今まで個人的にはゲートキーパーとしての家庭医のような存在を目指そうと思って診療してきました。ただ、それはどうやら方向性が日本の実情と合っていないと気がつきました。ここが昨年からモヤモヤしていた所です。
もちろん当院にかかりつけている方にはかかりつけ医としてできるだけのことをしたいと思っています。ただ現状、実情と合わせるのであればゲートキーパーとしてのプライマリケア医である「家庭医」を目指すだけではなく、地元に住んで地元の患者さんの困りごとにかかりつけていてもかかりつけていなくても対応する「地元医」を目指すのがよいのかなと思うようになりました。例えば診療所ではかかりつけていない方の主治医意見書をたくさん書いています。日本語として矛盾があるように思いますが、現実的にはかかりつけの専門医は主治医意見書を書かないことも多いため、地元医が書くことになります。新患初診で初めてお会いし一期一会で2回目はお会いしないかもしれない方の主治医意見書は、自分をかかりつけ医と捉えようとすると心が折れてしまいますが、地元医として捉えれば書くべきなのだと自分に言い聞かせることができます。
普段落ち着いている時は基幹病院や専門医へ通院して、困ったことがあれば地元医として他科専門医や在宅医、介護関係機関と連携して対応する。それが短期的な目標下で診療所に託された職務なのかなと思います。
日本はこれからも「かかりつけの専門医」への通院が続くことでしょう。国として専門医間の連携がとれるシステムなど導入するのであれば何とかなるのかもしれません。それも期待薄なのでこのままでは効率が悪く医療費も嵩む一方だとは思いますが政府やメディア、おそらく内心は専門医も一般市民も望んだ医療の在り方なのでしょう。
「家庭医を持ちましょう。」でも「地域の総合診療医を持ちましょう。」でもなく、「かかりつけ医を持ちましょう。」と言うのには、日本らしいそれなりの理由があるということです。
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